
『やめてみた。本当に必要なものが見えてくる暮らし方・考え方』
わたなべ ぽん 著
以前、雑誌で著者であるわたなべ ぽんさんの記事を見てから興味を持ち、本も読んでみたいなと思っていたところ図書館で見かけたので借りてきました。
コミックエッセイのような感じになってい、親しみやすく読みやすいです。
〈あるきっかけを機に、当たり前のようにしていた行動を一度立ち止まって「本当に必要か?」見つめ直す。〉
そのような内容になっています。
読んでいて、「わかるなぁ。私にも当てはまるな。」と共感するところが多く、私にとっても見つめ直すきっかけとなりました。
特に印象に残った内容があります。
それは、「スマートフォンの巻」というテーマのもの。
著者はひとりでいる時間、スマホを片時も離さない時期があり仕事や生活に影響を及ぼしてしまいそこからスマホとの関わりを見つめ直します。
スマホを持っている人なら共感できる「スマホあるある」ですよね。
私ももちろん経験ありますし、今でも気をつけなきゃなと思うことがあります。
SNS、動画、ゲーム…
暇つぶしや息抜き程度に使っていればいいのですが、度を超えて依存状態になると問題です。
このテーマで印象に残った一節があります。
お悩みサイトの相談者がユーザーに言い負かされてるのを見るとなんだか自分がケンカに勝ったみたいで気分が良かったんだよね。
『やめてみた。本当に必要なものが見えてくる暮らし方・考え方』 わたなべ ぽん 著
私もSNSをダラダラと見てしまうことがあるのですが、ダラダラと見る時って、知りたい情報を見ているんじゃなくて、おすすめ投稿にあがっていてなんとなくスクロールして目に入ってくるものなんですよね。
お悩みや何かに対する意見などそれらを見ていて、(自分の持っている価値観からすると)「なんか、おかしなこと言ってるな。」と思う。
コメント欄を見ると案の定、叩かれている。
そういう場面が多いんです。それを、何時間もやってしまっていることがあって、もったいないですよね。
「この習慣、もうやめよう。」と思い、見る時間を減らすのですが、いつの間にかまたやってしまっているの繰り返しでした。
そこで、先ほどの引用の一節です。響きました。
私も著者と同じように、言い負かされているのをみて気分よくなっていたんですよね。
私の価値観は多数派でまとも、正論を振りかざして優越感に浸る。
実際にコメントはしないけど、私の中で起こっている。
もともと、私は自分の意見を言うことが苦手です。
特に、「嫌だ、不快だ」というような怒りや悲しみのいわゆるネガティブな意見。
理不尽と感じることも、「私がおかしいのかな。」と思ってしまいます。
だから、SNSでそういう構図のやり取りを見ていると、自分の意見が代弁されて「自分は間違っていない」そんな気持ちになれるから見続けてしまうのかなと気づきました。
正しさを誰かに証明することってそんなに必要なのかな。
正論であれば大勢で誰かを叩いてもいいのかな。それが異常な程であっても。
自分に対してそんな問いが残りました。
この本を通して、自分が当たり前のように行動していることには、少なからず「思い込みや考えグセ」が隠れていることが分かりました。
その、「思い込みや考えグセ」を一度立ち止まって見つめ直すことで、自分にとって本当に大切なことが見つかり生きやすさにつながるのかな。とそんな風に思いました。
私も「やめてみた。」をやってみたいと思います。